大人気機種『ボクシング』の源流を辿る旅 その@ 〜

いつまで続くかわからない「権利」が魅力

1981年に三共から発表された機種、『ボクシング』。盤面デザインこそ宇宙のイメージになっているが、役物をよく見るとボクサーが今にも殴りかかりそうな絵が描いてある。人気があったこの機種の簡単なゲーム性を記しておこう。

役物左右にある飛び込み(「BOXING」と書かれている左右上)から玉が入るとカップ下にある入賞口に導かれ、役がスタート。ボクサーが描かれた羽根が左右にスライドする。
これにより、まるでボクサーが殴り合うかのように羽根が玉を拾う。拾われた玉は、カップ下の入賞口に入れば理論上は永遠にスライド羽根が開放し続ける。
羽根の下にある3ヶ所の入賞口のうち、左右に入ってしまったらパンクだ。

とまあ、簡単に説明すると「これだけ」の機種なのだが、羽根の開放はロングとショートが入り乱れ、なおかつパンク穴に入ってもすぐに羽根開放が終わるわけではなく、1〜2回のオマケ開放がある(タイミング次第なのでないこともある)。これが打ち手に得した気分をもたらす。とはいえ、大当たり中に再び役物左右入賞口から玉が入って、それ自体はパンクを誘発するわけではないのだが、不思議とその玉がパンク入賞口に直行したり、いきなり最初の羽根開放でパンク穴に入ったりすることがあった。逆に稼働期間が長くなった台では羽根の開放する力が弱くなってパンク穴に入りにくくなり、1回の大当たりで小箱1個以上出ることもあった。
理論上は永久に玉が出続けることも可能であるとはいえ、大当たり1回での出玉は26個〜数百個程度だ。



様々なパチンコ台が華々しくデビューした1980年代

いわゆる「正村ゲージ」完成後、1960年代以降のパチンコ台は盤面中央に配した役物の面白さが人気に直結した。機種名もそれに由来することが多く、『パワーピエロ』という機種なら役物にピエロがいたし、『カニカニ』であればカニが主人公だった。
1975年以降には季節ごとの発表会で多くの機種が発表されたものだが、賞球の違いやちょっとしたゲーム性の違いも含めると一度に10機種も20機種も発表されたこともあった。しかし、これらはすべていわゆる「普通機」であり、天穴や肩の入賞口に入った玉が裏連動で落としのチューリップを開放させたり、役物に入った玉がどの穴に入るかによって開くチューリップが変わったり増えたりした。

そんな「普通機」時代が劇的に変化したのは1978年だ。西陣が特電第1号機と銘打ってスーパールーレット(停止したランプの数だけチューリップが開放)を発表し、その後も『スーパーマジシャン』、『スーパードン』と矢継ぎ早に特電機を発表したのだ。一方、平和もオリジナル電ヤク(当時のメーカー呼称)を意欲的に発表する。1978年の『メガトンQ』や80年の『メテオ』などは大ヒットしたが、この頃から「普通機」よりも「特電機」や「電ヤク機」の比率が増えていく。そして、1980年の『フィーバー』(三共。デジパチ1号機)や1981年の『ゼロタイガー』(平和。羽根物1号機)につながっていくのだ。

そんな頃に登場した『ボクシング』は、当時発表されていたまさに百花繚乱の様々なタイプに見劣りすることなく、いつまで役が続くかわからない機種として大人気となった。
とまあ、ここまでは長い前振りである。というのも、ボクシングタイプというのは当然、のちに付けられた名称であり、大人気を獲得したからこそ後世にボクシングタイプといわれるようになったのだ。『フィーバー』によってフィーバー機という呼ばれ方をしたように、羽根が開放して出玉を稼ぐから『ゼロタイガー』がのちに羽根物といわれるようになったのと同じことである。『ボクシング』は果たして「元祖」なのか?
それを探るのが今回の旅の目的なのである。

ちょっと脱線して2つの「ボクシングタイプ」を紹介

さて、本題……の前に、支流も見ておこう。2つのことを書いておきたい。
まず一つは、京楽産業から発表されたボクシングタイプの機種の思い出だ。
機種名は不明。時期は三共の『ボクシング』が出たあとのことだ。この機種、天穴部分にネジ止めされた部品のネジがわずかに緩むことがあった。するとどうなるか。本来は天穴に入っても13個だかの出玉がある程度なのだが、ネジが緩むとボクシング役物方向に玉が流れてしまうことがあるのだ。つまり、天穴に入っただけで役がスタートするというわけだ。それはまさに絶妙で、仕組まれたものではない。
15台程度設置されていたとして、そんな台は1台あるかどうか。ネジの緩み具合は天穴に入るたびに変化するので、数個連続で役がスタートしたかと思えば、その後ほとんど落ちなくなることもあった。
それでも緩み具合が「絶好調」なら、17分で3000個の定量まで持っていけるくらいの破壊力があった。
本来、「優秀台」かどうかを判断するためには、釘を正面からサッと見ていくのが常道だが、このボクシングタイプの機種があるシマでは、「横から天穴周辺のネジの緩み具合を見る」のが優秀台発見のコツだった。あるホールのある台は、役がスタートする本来の入賞口はガッチガチにシメられ、それでも打ち止めになるものだから、釘師は恐らく首をひねっていたに違いない。

もう一つ。これまた京楽産業の機種で『ピエロU』という羽根物の話。ある日の新装開店で新台が入ったので見に行くと、ボクシングタイプの機種が並んでいた。……と、確かに羽根はスライドするのだが、なんと落とし部分には「1」と書いてある。センターには「2」。そう、羽根物だったのだ。
こんなボクシングタイプの羽根物は後にも先にもこれだけではないだろうか。当時、スライド羽根を使った羽根物は『エキサイトライダー1』や『大相撲1』(ともに三共)などがあり、特に珍しいものではなかったが、さすがにこの役物は……。単調な効果音とともに記憶に残る羽根物である。



最初の1滴は『スライドパンチ』だった!?

本題に戻ろう。『ボクシング』の源流を辿る旅である。
西陣の『エレックスフラッシュ13』。これは『ボクシング』と同じ1981年に発表されている。
役を獲得した後は、ケース下のチューリップに入るまで羽根がスライドする。そしてチューリップが開いた後、閉じて次に入賞するまで羽根のスライドの権利が続く。平和の『スターサーカス』と『酔拳』(『13』と『15』がある)は、役を獲得すると前者は25秒間、後者は30秒で5回の開放がある。中央穴に入るとパンクするゲーム性だ。同年にはニューギンから『コスモスターB』が出ている。