「浪費通報条例」可決 切り捨てと監視には不安残る

生活保護などの受給者は、パチンコやギャンブルで過度に浪費してはならない。浪費を見つけた市民は、市に通報することを「責務」として定める―人口約5万人、生活保護世帯120の兵庫県小野市で、そんな条例が成立した。明日から施行される。
 「浪費で生活困窮に陥ることは、誰もが『おかしい』と思うはず」「地域の絆を強めるもので監視社会には当たらない」。蓬莱務市長は「福祉制度の運用適正化」が目的として、正当性を強調する。
 ギャンブル依存などが貧困と深く関わり、生活維持の障壁となっている実態は見過ごせない。また生活指導の困難さや「おかしい」との感情論も理解できる。それでも、条例化という手法には強い不安と疑問を呈せざるを得ない。
 市民が市民を監視し、行政が告発を奨励するような社会が望ましいとは思えない。不正受給の防止や生活指導など「適正化」の責任は第一義的に自治体にあり、条例で市民に片棒を担がせるのは本末転倒。「憲法の生存権や生活保護法の趣旨に反する」(兵庫県弁護士会の声明)恐れもあり、撤回、もしくは慎重の上にも慎重な運用を求めたい。
 小野市福祉給付制度適正化条例は、保護費を過度に「パチンコ、競輪、競馬その他の遊技、遊興、賭博等」に費やすことを禁止。市民には、浪費で常習的に生活に支障が出ている受給者の情報を「速やかに市に提供する」ことを求める。情報は警察OBら「適正化推進員」が調査、支給停止などの措置を取るという。
 しかし、浪費や遊興の線引きは難しい上、現実に市民が受給者を判別し、常習性まで判断することはほぼ不可能。実効性は甚だ疑わしい。いくら「監視ではなく、見守り」(蓬莱市長)と強弁しても、受給者はプライバシーを暴かれても受忍すべき存在と見なされ、差別や偏見を助長する風潮を生みかねない。
 そもそも条例は「法律の範囲内」で制定できる(憲法94条)。生活保護法には、使途や浪費基準の明確な言及はない。今回「法律以上に人権を制限している」との指摘もあり、なお論議が必要だろう。
 生活保護受給者は今や、214万人超。国民生活が厳しさを増す中、受給者への風当たりも強まっている。そんな「風」に呼応するように、こうした条例が生まれ、安倍政権も社会保障の中で真っ先に生活保護費の削減を決めた。
 切り捨てるだけで、きめ細かな相談や雇用支援など他の「安全網」を手厚くしていかなければ、受給者は減らないどころか、国民全体の生活の最低ラインが崩れていく。その視点を忘れずに、条例を機に社会のあり方を考え直したい。遠い町の、自分には無関係な話とは思わずに。