「パチンコ中毒は病気」という理解にひそむ罠

「パチンコ中毒は病気」という理解にひそむ罠

特に本書の中で面白かったのは第二章の「『パチンコ中毒は病気である』に潜む落とし穴」という箇所。

多くの人は、まず自分がパチンコ中毒という「病気」にかかっている、という理解から治療をはじめようとするそうです。ネットを調べてみても、確かに「まずは自分が病気であることを認めなさい」という意見がありますね。

ちなみに米国では実際にギャンブル中毒は「病的賭博」という診断基準もあり、立派な病気として認定されているとのこと。


じゃあ日本でも病気という理解からはじめればいいじゃん、と思いますが、そこに罠があります。


医学的には確かに「パチンコ中毒は『心の病気』」かもしれません。

では、パチンコなど一切やらない、ギャンブルとは無縁な方々は、どう思っているのでしょうか?おそらく9割以上の日本人は「そんなのは本人の『意志』の問題」と考えています。

「パチンコをやめられないのは、あくまで本人の嗜好や趣味なんだから、本人の『意志』の問題であって、『心の病気』とか意味がわからない、何言ってるの?」と、そんな感じではないでしょうか?

著者の本田さんは奥さんに自分が病気であるということを理解してもらおうと考え、診断基準を見せながら、


「これが5項目以上あてはまると、『病的賭博』という病気らしくて、俺はこれに全部あてはまるんだ。だから俺は『病気』なんだよ」と説明しました。

それからすべてを話しました。すると、嫁さんは「『病気』だなんて、大げさな。大丈夫だよ、一緒に解決しよう」とその場では言ってくれました。

パチンコをやめるための「誓約書」も作成し、いざやり直そうと思った矢先、奥さんが子どもを連れて実家に帰ってしまったそうです。そして、奥さんの実家に謝罪に訪れたとき、


嫁さんのお父さんに鬼のような形相で次のように突然言われたのです。

「お前、パチンコにはまって『自分は病気だ』などと娘に話したそうじゃないか!何が病気だ!甘えるんじゃない!そんなの自分で治せ!」

よかれと思って使った「病気」という言葉が、かえって関係をこじらせてしまったということです。本田さんはこの出来事についてこう締めくくっています。


結局、嫁さんとの関係は回復できずに、離婚に至りました。この一連の出来事で、嫁さん、嫁さんの両親、自分の両親に「自分は病気である」ということは全く理解してもらえませんでした。

それどころか、「本当に自分を病気だと思っているのだろうか」という不信感、「何を甘えているんだ」という怒り、こういった感情を増幅させるだけの結果となってしまったのです。

世間では「自分は『パチンコ依存症』という病気なんです」ということは一切通用しない、ということを覚えておいてください。

繰り返しますが、「絶対に克服しよう!」という気持ちさえあればいいのです。パチンコ中毒から抜け出すことこそが重要なのです。病気かどうかなんてどうだっていいことで、周りに悪影響をあたえる必要はない、ということです。


ちなみにこの逆のパターン、ギャンブル中毒になっている人に対して、その家族や友人が「あなたは病気なのよ」と諭そうとしたときに「俺は病気なんかじゃない!」と逆切れされるということもままあるそうで…。


要するに、日本社会全体で「パチンコ中毒は病気である」という共通理解が醸成されるまでは、当事者が、あるいは当事者に向かって「パチンコ中毒は病気である」という理解を振りかざすべきではないという話です。

実際問題、病気といえるほど深刻な症状なわけですから、これは過渡期的な「罠」なんだと思います。昔も「うつ病っぽいんだ…」といったら「何を甘えているんだ!」と言われていた時期があったといいますしね。早く社会の変化を加速させないといけません。


パチンコをはじめとするギャンブルの「中毒」に陥っている人は、日本全体で100万人とも200万人ともいわれます。巨大な問題です。お困りの方は多いと思いますので、ニーズを感じる方はぜひご一読を。