ピンはじける爽快感に別れ 間もなく閉店ボウルジャンボ

40年の歴史を刻んだ県内最大規模のボウリング場「ボウルジャンボ」(高知市廿代町)が29日の閉店へ、カウントダウンに入っている。手頃な値段に、繁華街近くという立地の良さも手伝い、かつては同市内随一のレジャースポットだった。学校の仲間と、職場の同僚と、彼氏彼女とはにかみながら…。カッコーン、ガシャガシャガシャーン。多くの青春があった。
 「中学、高校と、デートというたら映画館かボウルジャンボ。青春の場所でした」
 閉店まで1週間を切った12月下旬。土居功さん(50)=高知市=は、今月3回目のボウリングを飲み仲間と楽しんだ。めっきり足が遠のいていたが、年末での閉店を知り、ジャンボ通いをしている。
 「当時はカラオケなんかもなくて、みんなでわいわいやれるのはボウリングぐらい。30年ぐらい前やおか」
 20〜30年前、1980年代は第2次ボウリングブームの真っただ中。スコアの自動計算機が導入されて、その後、大型モニターやBGM設備も入った。
 多い日には1日に千人が入場し、ゲーム待ちが2、3時間ということもざら。時間待ちの客をゲームコーナーやジュークボックスが楽しませた。
 「ジュークボックスで、マドンナとかシンディ・ローパーを100円でかけてね。楽しかった」と土居さん。オフィスにどんどんパソコンなどが入り、中高年が職場で若者に操作を習う、という時代にもなった。「会社で若い社員にばかにされていた人たちも、ボウリングは第1次ブームの時にやりこんでて、ここに来ると見直された、なんてこともね」とスタッフは言う。
 72年のオープン当時から通う谷岡昌子さん(70)=高知市百石町4丁目=は、NBF県連ボウルジャンボ支部に所属し、年間千ゲーム以上楽しんだ。「ボウリング人生はジャンボと共にあった。十分投げた。私もしばらくボールを置こうかな」
 日本ボウリング場協会によると、国内のボウリング場は72年の3697カ所をピークに減少し、今は4分の1の924。ボウルジャンボも全44レーンが埋まることは少なくなり、最近は1レーン当たりの稼働率が1日20ゲームを切っている。
 クリスマスイブの夕方、高知南中学校2年の青木涼花さん(14)はクラスメート9人で来場。生まれて初めてのボウリング体験だった。「すっごい楽しかったー」。にかっと笑顔を浮かべた。
 一般営業は28日で終了。29日、常連のアマチュア選手らによるファイナル大会で幕を閉じる。