「腹減った。金を出せ」…パチンコ中毒の男が店番を刺した瞬間

「腹減った。金を出せ」…パチンコ中毒の男が店番を刺した

8万円余りの生活保護費はパチンコ台に吸い込まれた…。大阪府東大阪市源氏ケ丘の酒店「アサカイ酒販」で9月、客の男がレジにいた経営者の妻、田中初代さん(54)を刃物で刺し、菓子パンなどを奪って逃走した。「腹が減っている。金を出せ」。男はこう言うと、たばこを取ろうと棚に手を伸ばした初代さんに突然切りつけた。8日後に逮捕された男の所持金はわずか千円ほど。調べに対し、「生活保護を使い切って金がなかった」と話す男のあきれた生活ぶりとは。

■たばこしか買わない常連客が…


常連客だった男が突然、刃物で女性を刺した現場=大阪府東大阪市

9月15日土曜日の午後2時ごろ。クリーニング店を兼ね、食品なども販売する小さな酒店ではいつものように初代さんが1人で店番をしていた。そこに現れたのは作業服姿の男。2年ほど前から週に1、2回、たばこを買いにくる常連客だが、最近1カ月ほどは姿を見せていなかった。

 この日の男の様子はいつもと違っていた。普段はたばこしか買わないのに、菓子パン2個とお茶、コーヒー牛乳の計4品(557円相当)をレジに持ってきたからだ。「きょうはたばこ以外のものを買うんだ…」。初代さんが不思議に思っていると、男は「たばこ、いつもの」と注文した。銘柄はフィリップモリスの5ミリだ。

 初代さんの違和感は外れていなかった。棚にあるたばこを取ろうと後ろを向いた瞬間、男はいきなり持っていた果物ナイフで初代さんに襲いかかった。

 「何でおっちゃんがこんなことするの」

 左脇腹を刺され、驚いて叫ぶ初代さんに、男は「これ持っていってええか。2、3日食べてないねん。腹が減ってんのや」と言い返し、もう1度刺そうとした。だが、初代さんが男の手を持って抵抗すると、男は「離してくれ。警察には言わんといてくれ」と訴えてそのまま逃走。初代さんは薄れゆく意識で夫(67)に連絡した。

 「男に襲われた…」。午後2時15分ごろ。酒の配達に出ていた夫の携帯電話に、妻の初代さんから着信が入った。「どうしたんや」。夫が聞くと、苦しそうな声で「男に刺された」と絞り出すような声が聞こえたという。慌てて店に戻ると、初代さんはレジの近くで倒れており、床には血だまりができていた。

 初代さんの顔は真っ青で目はうつろに。夫は110番し、初代さんのお腹をガーゼで押さえ、救急車を待った。初代さんは左脇腹を1カ所深く刺されており、1カ月の重傷を負っていた。常連客という初代さんらの証言をもとに、大阪府警は男の似顔絵を作成し、行方を追った。

 ■生活保護が底をつき…

 約1週間後、事件は急展開する。9月23日午後2時20分ごろ、捜査員が店の近くを歩いていた男にピンときた。「似ている」。職務質問すると、男は抵抗もせずに応じた。不審な点はなかったが、捜査員は所持品を見逃さなかった。フィリップモリスの5ミリ。

 大阪府警布施署に任意同行し、事情を聴くと、男はあっさりと犯行を認め、その日の夜に強盗殺人未遂容疑で逮捕された。男は店からわずか約70メートル離れたワンルームマンションに住む無職の林正夫容疑者(56)。初代さんを襲った理由について、あきれた動機を話し始めた。

 「8月末にもらった生活保護の金がすぐになくなり、食事もできなくなった。本当にお腹がすいていた。死んでしまうぐらいなら人を殺してでも強盗することを決め、ナイフを持ち出した」

 林容疑者が住んでいるマンションは築20年で家賃は3万7千円。管理人によると林容疑者は家賃を滞納せずに払っていたという。

 東大阪市によると、56歳の単身者で無収入のため生活保護を受給している場合、生活扶助費が8万1610円、住宅扶助費が上限で4万2千円。支給日は毎月2日だが、9月2日が日曜日だったため、今回は前倒しで8月31日に支給されていた。

 林容疑者も8月31日に月8万円余りの生活扶助を受給していたとみられるが、調べに対し、「パチンコなどの遊興費に使った」と説明。捜査関係者によると、実際に林容疑者はほぼ毎日パチンコ店に通い、生活費を浪費。わずか2週間ほどで食事にも困るようになっていたという。

 「できれば現金も奪いたかった。酒店の奥さんには悪いことをしたと思っていますが、このときは本当に腹が減ってたまらない状態でした」。林容疑者の供述に捜査員もあきれるしかなかった。

 ■偶然の逮捕

 林容疑者の姿は近所でもたびたび目撃されていた。同じマンションに住む男性(46)は「やせていて、いつも自転車で外に出かけていた。無愛想であいさつもしない人。作業服を着ていたので、工事現場で働いているのかと思ったが…」と振り返る。

 酒店近くの文具店の女性は逮捕の数日前、林容疑者が付近をうろついているのを目撃していた。「ほおがこけていて、うつろな表情でとぼとぼ歩いていた。おなかが減ってうろついていたのだろうか。今思うと本当に怖い」。

 林容疑者は逮捕後も店から目と鼻の先のマンションにそのまま暮らしており、捜査員がたまたま特徴に気づいたことが逮捕につながった。店や周辺に防犯カメラは設置されておらず、林容疑者の特徴は初代さんらの記憶頼みだった。ある捜査関係者は「現場近くに住む男だとは思っていたが、犯行後も普通に生活していたとは…」と驚きを隠さない。

 事件を受け、地元の自治会は町内に防犯カメラを設置することを決めた。酒店は通常通り営業を再開し、初代さんも復帰した後は元通り店番に立つと話しているという。だが、夫は「事件の記憶がよみがえってフラッシュバックの症状が出ないか、心に受けた傷が心配だ」と話す。

 捜査幹部は今回の事件について怒りを込める。

 「一歩間違えれば、被害者の命は奪われていた。生活保護費をギャンブルにつぎ込んだ末、他人を傷つけて金を奪おうとするなんて本当に許せない犯罪だ」