【遊技産業の視点 Weekly View】歴史から知る「ぱちんこ」

□濱口理佳 ワールド・ワイズ・ジャパン代表LOGOSプロジェクト主幹

 ■1948年「風俗営業取締法」で規定

 まず、刑法の賭博罪との関係から「ぱちんこ」という娯楽を考えていく。

 一般的に射幸心という言葉で表されるが、およそ人間は本来欲求として誰もが「一獲千金」のチャンス(夢)を狙う心を持っている。この射幸心をそそる賭け事の対象となるものに、昔から花札、トランプ、マージャン等、数えれば限りがない。しかも、このような賭け事とは、労せずして富(財産)を得ることができるため、勤労の意欲を損ない人間を堕落させるとの先人たちの教え(智悪)もあってか、1907(明治40)年法律第45刑法第185条で下記のように賭博を禁止している。

 刑法第185条賭博「偶然の輸えいニ関シ賎物ヲ以テ博戯又ハ賭事ヲ為シタル者ハ千円以下ノ罰金又ハ科料ニ処ス」但、一時ノ娯楽ニ供スル物ヲ賭シタル者ハ此限ニ在ラズ

 旧憲法下では、賭博をはじめすべての射幸行為は、1909年8月の内務省令第20号「懸賞又は富くじ類似その他射幸行為の取締りの件」に基づき、全国各府県令により禁止されてきた。

 これらの事情の詳細を知ることは難しいが、懸賞や遊技などでおよそ射幸性があると考えられるような行為は、刑法第185条但書の範囲内で警察署に届け出て、厳しい制約のもとで行われているように思われる。

 だが1945年の敗戦で、1947年12月末日をもって占領軍(マッカーサー司令部)により廃止された。

 日本の敗戦による虚脱、混乱の産物として多くの射幸行為が大流行をきたし、一時はパチンコ、競輪、ヒロポンの3者は都会生活の退廃を表す代名詞にもなった。戦後は警察の権限が限定されるようになったが、このような背景を憂慮し「風俗犯罪の予防」という見地から、売春や賭博のような犯罪が行われる営業に限り、警察の立場からの規制を加えることになった。

すなわち、「ぱちんこ等」は刑法第185条のただし書き(一時の娯楽に供する物を賭した者はこの限りに在らず)を受け、風俗営業取締法という別の法律を作り、賭博罪に該当しない範囲内で基準を作り認めることとした。

 1948年7月、法律第122号として第2回国会において「風俗営業取締法」が成立、同年9月1日から施行された。風俗営業取締法第1条第3号に「玉突場、まあじゃん屋、その他設備を設けて客に射幸心をそそるおそれのある遊技をさせる営業」と規定され、「ぱちんこ営業」は、射的場、弓場などとともに「その他設備を設けて客に射幸心をそそるおそれのある遊技」に該当するものとして取り扱われた。ちなみに、風俗営業取締法の制定により、「ぱちんこ等」の法的空白期間は1948年1月1日から風営法が施行になった同年9月1日までの8カ月であった。

 その後、1954年5月法律第95号「地方税法の一部を改正する法律」の附則第51項と52項によって「風俗営業取締法」の一部が改正された。これにより、同法第1条第3号は「玉突場、まあじゃん屋、ぱちんこ屋、その他…」と改められ、パチンコ屋は例示の1つに掲げられるとともに、さらに「ぱちんこ営業」は1カ月ごとに許可の更新を要するものとされ、更新を求めるものに娯楽施設利用税に滞納があるときは、許可の更新をしないものとされるようになった。